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ひぐらし実写版を一般的視点で考えてみる

同人ノベルから漫画、アニメ、小説、PS2版移植など様々なメディア化が進んでいるひぐらしのなく頃に。
それで知っての通り今度実写版が公開される事となりいろいろと(主に悪い意味で)評判を呼んでいる事はひぐらしファンなら周知の事実です。
自分達の視点で考えれば二次元作品をいわゆる三次元へと昇華させるのには思わず「嘘だっっっっ!!」と叫んだ方も多いかもしれません。ていうか多くの方が多分そうでしょう。
しかし真の意味でメディア化というものは一般的なものに普及していく事ではないかと少なからず思うところもあります。
我々オタク的概念で考えれば二次元キャラがリアル人物になってしまい凄まじく受け入れ難いものである事は否定できません。というか折角築いてきたイメージ、幻想が台無しになってしまう訳です。
勿論私も所詮オタク人間なのでこんな事を少し真面目に考えて見つつも実写版を受け入れる事は無理でしょう。
しかしオタク視点を離れてもっと一般的な視点でものを見るなら果たしてひぐらしはどう写るのか。頑張って好意的に考えてみました。






まずひぐらしは良くも悪くもキャラゲーです。異論は認めません。
確かにストーリー構成、演出面、恐怖描写、伏線、予期せぬ展開などいろいろ面白い要素が詰まっています。
しかしキャラの視点が出題編で圭一だったものが目明し編で詩音、罪滅し編でレナ、皆殺し編以降で主に梨花が視点となっていく事を考えても主にキャラの心情から舞台を見させているのは確かです。
勿論これは視点を変える事で見えてくる事実が異なってくる事を見せる意味もありますがもう一つ、これによってキャラに感情移入しやすく出来ています。
実際問題、出題編は謎とホラーとミステリーが散りばめられておりますが出題編、主に罪滅し編、決定的な所で皆殺し編からはホラー要素は掻き消えて誰かに相談する事、仲間を信じる事といった話が主体になっています。
ただしこれをプレイヤーに見せる為にはひぐらしのキャラにある程度感情移入していなければその想いに共感する事は出来ません。ウィキペディアなどで大方のストーリー展開だけを知ってもなんら面白くもないし感情移入なんて出来る筈もありません。つまりストーリーのみ追っていった場合、終盤などは単なる道化芝居にしか見えるいわば単なるマグロの解体ショーにしか見えなくなってしまう訳です。
つまるところキャラへの感情移入は必須。これが出来やすく作られてるからこそひぐらしは此処までの人気を誇っているのではないかと個人的には思っています。勿論他の斬新な要素による割合も大きいと思いますが。
まぁとにかくそこら辺を頭の隅において実写版について考えてみたいと思います。

なんでこんな事を先に述べたかといえば要するにひぐらしを好きになったのはキャラが可愛いからでしょうか?いわゆる萌えといわれるものがあるからひぐらしを好きなのでしょうか?
そんな方はまずいないでしょう。まぁその要素も多分に含まれるとは思いますがそれだけしかないならばひぐらしは単なるオタクが喜ぶ作品の範疇におさまっていました。
それ抜きでもやれると思ったから実写版などというものが出来たということでしょう。キャラ萌えとかそんな要素が一切なくても普及出来るという事は所謂大衆向けであると世間から認められたという事なのですから。
要は我々のような人種が実写を嫌うのはつまるところ折角築いてきたひぐらしキャラ像が崩壊してしまうからという事に他なりません。でもそれは三次元へと飛べば至極当たり前の出来事であり真にストーリーが逸脱、オタク向けの作品なんかじゃないと思う事の出来るひぐらしファンであるならばこれを受け入れなければならないのではないかと思います。(まぁキャラの感情移入必須である以上、やっぱ実写は無理だとは思うけどね)
別にオタク向け作品のまま、自分達の胸だけにこの作品をしまっておきたいって方は別にそれでいいと思います。長年のファンならば折角築いたイメージを崩壊させてしまうのは嫌だという気持ちはよく判りますし。ていうかそれが普通です。

でもまぁこれはある意味チャンスです。基本的に自称一般人、常識人という方は同人作品とか深夜アニメとかを犯罪予備軍とまではいわなくとも社会不適応者が見る、やるようなものだと先入観をもっています。実際問題としてはそういうものも多数あるので否定する気もありませんがそういうものしかないと思われて不快な方も少なからずいるものじゃないかと思います。
其処で彼らが元同人作品とは知らずひぐらしに触れて考え方を見直してみようという気になってくれれば商業としてではなくメディアとしては成功したものと思っていいでしょう。まぁはっきりいって上手くいくとは思っていませんが。
それにたとえ上手くいっても世間の表に出てきた作品、アレは例外、他はオタク共が阿呆みたいに崇拝してるだけと思う方が殆どでしょうね。結局は表の世界に出てこれたものしか作品としてはあまり認められないってのが世間の波なのかもしれません。

ところでひぐらしは元々は雛見沢停留所・・・だっけか、そんな名前の舞台が元ネタになってる事は知ってる方は知ってると思います。一昨日の実写版予告がどうこうでも竜騎士氏がそう洩らしていましたし。まさか竜騎士氏も実写から実写へと戻ってくる事になるとは当時は夢にも思わなかったでしょうが・・・。

全然関係ない話ですがその時の映画の監督さんの話でひぐらしメインキャストはあまりまだ表に出てない新人さんを故意にとったといってました。これは一体どういう意図があっての事なんでしょうね?私には判りかねますが・・・。
別に梨花ちゃまがロリじゃないーとかレナのキャストさんがなんか違うようなとかそんな事が言いたい訳ではなくて。(でも年は近いものを選らんだ方がいいような気も・・・)
あぁ顔が全然違うだろーってのは無茶な注文なんでおとなしく二次元世界に浸ってるべきだと思います。基本的には別物と考える事に変わりはないんだし。
まさかと思いますが「おもちかえりぃ〜」とか「にぱ〜」とかリアルでやりませんよね?そこら辺は大衆的に省く箇所です。それ以前に痛い。
まぁ後の事は見た方の評判を聞いてから考えてみたいと思います。どちらにせよ絶対見る気はないですよ私は。オタクだから。
ひぐらし作品の良さを世間に知ってもらう事自体は大衆的、後の同人的文化には良い傾向だと思っていますがそれとこれとは話が別なもので。




でもよく考えれば鬼隠し編しかやらないんじゃないか・・・(汗)
無理に考えてみて疲れた・・・。やっぱりホラー作品が限度かな・・・。






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(追記)

ひぐらしのなく頃にの原作者、竜騎士氏の実写化についてのコメントを抜粋してみました。

────実写映画が製作中です。ファンの中には、実写化によって、これまでのキャラクターのイメージとのズレが生じるために、抵抗感のある人の声も聞かれますが。

 日本におけるアニメ、漫画、ゲームの地位はまだ低いですよね。今回の京都の事件に起因する放送自粛の根底となっていると思います。

 実写映画の原作になりえるという名誉は、まだ小説などにしか与えられていないように思います。なので、ゲーム原作を実写化することで、映画の素材にりえることを確認できるのではないかと思っています。それによって、ゲームなどへの偏見の壁が少しずつ打ち破られると考えています。

 そして、一般の人の目に触れるようになる。やがてはゲーム原作であることが特別な意味を持たなくなるでしょう。これは私たちが社会的認知を勝ち取った、ということにもなります。だからこそ私は胸を張って、アニメや漫画、ゲームを愛する皆さんに実写化を報告したい。
 私たちは、漫画やアニメ、ゲームに偏見を持たれていることで、長い間、苦しんできたわけですけど、その偏見がじょじょに打ち破られつつあるとは考えられないでしょうか?

 『ひぐらし』のみならず、今後も、ゲームを原作とする映画作品が出てくるでしょう。そうすることで、一般の方々に目に触れることがもっともっと増えるでしょう。「あの作品、原作はゲームなんだ」って思うでしょうね。ハリウッド作品でも、ゲーム原作のものがあるじゃないですか。もはやゲーム原作が特別じゃなくなってきています。メディア差別が取り除かれているような気がします。そうしてゲームがメディアのひとつとして社会に認められれば、何かある度にスケープゴートにされる不名誉を返上できるのではないでしょうか。

こう言われてしまうとふむふむと納得してしまいます。←単純
正直なところ原作者が賛成してるのにギャーギャー反対してるのはやはり大人気ない行為とかしかいえませんね。
一時期のアニメ休止に文句をつけるならばこの実写映画化に文句をつける資格はないと私は思います。普段は世間の声など気にせず休止とかの騒ぎの時だけ騒ぎ立てて抗議するのは結局な所、自分勝手で自分の事しか考えていない。どんどんメディア化する人を金の事しか考えてない低俗な連中と罵る方がたまに居ますが、それなら自分も自分の事しか考えてない訳であり文句をいう資格もないでしょう。
上手くいくか失敗するかはともかくとして本当にアニメが好きならばこういった挑戦は必要な事だと思えます。
そもそもこの騒ぎは結局は雛見沢の環境みたいに北条家がどうとかダム戦争がどうとかといってる事と何が違うというのか。お互いを碌に理解しようとせず自分本位で暴走し最後に自滅するという事を散々見せてくれた作品に対してこの騒ぎじゃ一体ひぐらしから何を学んだのかと思ってしまいます。

話が逸れましたが本当にひぐらしが好きなのかどうか判りかねるファンが多いのは悲しいなって事です。
見る見ないはともかく此処は黙って見守るのが正しい在り方だと思います。